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札幌地方裁判所 平成9年(ワ)2231号 判決

原告

巻之内恵子

右訴訟代理人弁護士

佐藤博文

佐藤哲之

川上有

三浦桂子

被告

右代表者法務大臣

臼井日出男

右指定代理人

伊良原恵吾

田野喜代嗣

島尻裕士

樋口良行

石川義喜

高垣洋躬

浜口弘喜

前田宏之

右第二事件指定代理人

久埜彰

脇博之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求(第2事件)

1  原告が,平成8年9月29日以降,札幌西郵便局外務非常勤職員の地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,平成8年9月29日から毎月20日限り月額6万5600円の割合による金員を支払え。

二  予備的請求(第1事件)

被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成8年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,札幌西郵便局(以下「札幌西局」という。)の非常勤職員であった原告が,主位的に,予定雇用期間の満了とされた日の翌日以降もその地位にあることの確認及び同日以降の平均賃金の支払を求め(第2事件),予備的に,長期雇用の期待を侵害されたり,辞職を強要されたこと等についての慰謝料の支払を求めた(第1事件)事案である。

一  争いのない事実

1  原告は,札幌西局の非常勤職員であったA(以下「A」という。)の口添えで,札幌西局非常勤職員に応募することとし,上司となる札幌西局第1集配課長伊藤終始(以下「伊藤課長」という。)と札幌市手稲区富丘のファミリーレストランで事前に面談し,平成7年9月25日,札幌西局において面接を受けた。

札幌西局長は,同月26日,原告を札幌西局の非常勤職員として採用した。

以後,原告は,配属された第1集配課において,外務事務(郵便物の小分けや配達)に従事した。原告の勤務時間は基本的に1日4時間,月平均出勤日は20日間であり,1か月当たりの平均賃金は6万5600円であった。

2  平成8年8月,札幌西局第1集配課は,原告の後任者を補充するため,「非常勤職員募集」と題するチラシ(〈証拠略〉以下「本件チラシ」という。)を作成・配付した。本件チラシには,募集対象の欄に「郵便内務外務非常勤職員(長期雇用)」,時給等の欄に「年次有給休暇有り」,仕事の内容欄に「長期に勤務出来る方」等の記載がある。

3  原告は,平成8年8月23日,伊藤課長から,口頭で,同月28日以降出勤しなくてよい旨告知されたが,辞職の意思はないと答えた。

4  伊藤課長らは,平成8年8月28日,原告に対し,辞職願に署名・押印するよう求めたが,原告は,辞職の意思がないとして,これを拒否した。札幌西局長は,同日,原告に対する辞職承認処分を行った。

5  原告は,平成8年10月21日,人事院に対し,「札幌西局長が辞職承認処分を理由として原告を同年8月28日限りで職場から排除したこと」を理由として,国家公務員法90条及び人事院規則13―1の規定に基づく審査請求をした。

6  札幌西局長は,平成8年12月18日,原告に対する同年8月28日付け辞職承認処分を取り消し,同年12月19日付け札西総第136号文書をもって,原告に対し,同年8月28日付け辞職承認処分の取消しを通知するとともに,同年9月28日で予定雇用期間が満了し,これをもって当然退職となった旨を通知した。

右原告に対する同年8月28日付け辞職承認処分の取消しにより,原告の右5の審査請求事件は終了した。

7  原告は,平成9月1月27日,人事院に対し,「平成8年12月19日付けで,辞職承認処分を取り消すとともに予定雇用期間が満了しているとして職場から排除したこと」を理由として,国家公務員法90条及び人事院規則13―1の規定に基づく審査請求をしたが,同年3月4日付けで却下された。

二  争点

1  主位的請求

原告は,平成8年9月29日以降,札幌西局外務非常勤職員の地位にあるか。

2  予備的請求

(一) 被告は,原告に対し,長期雇用に係る期待権を侵害したことによる国家賠償責任を負うか。

(二) 被告は,原告に対し,辞職を強要したり,審査請求を行うことを余儀なくさせたり,処分の取消しについての理由の説明や謝罪をしなかったこと等,本件に係る一切の経緯につき,国家賠償責任を負うか。

(三) 慰謝料額

三  争点に対する当事者の主張(略)

第三判断

一  争点1(原告は,平成8年9月29日以降,札幌西局外務非常勤職員の地位にあるか)について

1  原告の任期について

(一) 郵政省における非常勤職員の任用について

(1) 郵政省設置法8条,国公法1条1項,2条1ないし3項,国営企業労働関係法2条1号イ,2号によれば,郵政職員は一般職に属する国家公務員たる身分を有するところ,国公法2条4項は,一般職に属するすべての職に同法の規定を適用するとし,他方,同法附則13条は,同法1条の趣旨に反しない限り,その職務と責任の特殊性に基づいて,この法律の特例を要する場合においては,別に法律又は人事院規則をもって,これを規定することができる旨定めている。

そして,国公法上,同法60条に定める臨時的任用以外に,期限付任用を認める明文の規定はないが,〈1〉同法上,臨時的任用以外の期限付任用を禁止する規定もないこと,〈2〉右のとおり,同法附則13条は同法の特例を設けることを許容していること,〈3〉人事院規則8―12(職員の任免)15条の2は,常勤職員についても一定の要件の下で期限付任用を許容していること,〈4〉人事院規則8―12(職員の任免)74条1項3号は,任期を定めて採用された場合において,その任期が満了した場合,その任用が更新されないときは,職員は当然退職する旨規定し,同条2項は,同条1項3号の場合において,「日日雇い入れられる職員が引き続き勤務していることを任命権者が知りながら別段の措置をしないときは,従前の任用は,同一の条件をもって更新されたものとする」と規定すること等に照らし,国公法が国家公務員の任期を定年に達するまで原則として無期限とする趣旨(職員の身分を保障し,職員をして安んじて自己の職務に専念させること)に反しない限り,期限付任用も一般的には禁止されていないと解される。

(2) そして,国公法及び人事院規則の右各規定等を受けて定められた任用規程3条は,非常勤職員(軽微な通常の事務を処理するために雇用する者。任用規程2条3号)の任期は「1日」とするが,「予定雇用期間(発令日の属する会計年度の範囲内において任命権者が定める期間)内においては,任命権者が別段の意思表示を行わない限り,その任期は更新されるものとする。」と規定しており(なお,任用規程5条は,予定雇用期間の中途で雇用を終了させる場合等に解雇の予告を行うものとする旨定めている。(ママ)これらの規定に鑑みると,予定雇用期間内においては,任命権者が更新拒絶(雇止め)をしない限り当然更新されるが,予定雇用期間満了の場合には,当該職員は,原則として任命権者の何らの行為を要せずに当然に退職することを予定し,予定雇用期間満了後は,再採用を行う場合はともかく,当然には更新しないこととしたものと解される。

したがって,任命権者による予定雇用期間の定めは,人事院規則8―12(職員の任免)74条2項の「別段の措置」に当たると解されるのであり,非常勤職員たる郵政職員は,任命権者の定めた予定雇用期間の満了により,当然に退職することとなるものと解すべきである。

(二) 札幌西局における原告の任免の経緯

前記争いのない事実に加え,関係各証拠によれば,札幌西局における原告の任免の経緯につき,以下の事実が認められる。

(1) 郵政省における非常勤職員の採用手続については,任用規程及び任用規程運用方針に定める規定に基づくこととされ,任用規程運用方針では,任免の手続につき人事異動通知書の交付を省略し,「辞令簿又はこれに代わる帳簿等に発令事項を記載し,本人に確認させた上,押印させる」こととし(第4条関係3(ニ)ア),また,非常勤職員の再採用を行うことができるが,再採用に当たっては,雇用を終了した日から再採用の日までの間隔を1日以上置くこととしている(第3条関係3)。

また,普通郵便局等に勤務する非常勤職員の具体的な任用に関する事務取扱手続については,北海道郵政局長において人事(任用)事務取扱要領(平成7年4月1日達第69号,以下「事務取扱要領」という。)が定められており,これによれば,非常勤職員の採用については,非常勤職員採用上申書に非常勤職員採用申込書及び各選考書類を添え,辞令簿に発令事項を記載して,任命権者の決裁を受け,その後,辞令簿に本人の請印を徴して発令するとともに,労働基準法15条及び同法施行規則5条に基づく採用通知書を発令当日直接本人に交付することとされている(19条(1)イ)。

証人伊藤終始は,同人の知る限り,札幌西局における採用手続については,右各規定に従った取扱いがされていた旨証言し,平成5年7月22日から平成10年7月13日までの間札幌西局総務課総務主任であった長嶋健知の陳述書には,これと同旨の記載がある。

(〈証拠略〉,証人伊藤終始)

(2) 原告は,平成7年9月25日,札幌西局において面接を受け,同局職員らから勤務内容についての説明を受けるとともに,「非常勤職員採用申込書」と題する書面(〈証拠略〉)に署名押印の上,これを提出した。同書面には,「私は貴局,非常勤職員として採用を希望しますので申し込みます。なお,この申込書のすべての記載事項に相違ありません。」と不動文字で記載されているほか,「勤務可能期間」欄には「平成7年9月26日から平成8年3月30日まで」との記載がある。

(〈証拠略〉,証人伊藤終始,原告本人)

(3) 原告に係る面接評定票(〈証拠略〉)及び非常勤職員採用上申書(〈証拠略〉)並びに平成7年9月26日原告に対し非常勤職員を命ずる旨が記載された辞令簿(〈証拠略〉)がある。同辞令簿の請印欄には原告の押印があり,時給を800円(金額は手書き),任期を1日(不動文字),予定雇用期間を平成7年9月30日まで(数字は手書き)とする旨の,また,「ただし,予定雇用期間は自動更新しない」(不動文字)との記載があり,また,同辞令簿には,続けて,「ただし,予定雇用期間は自動更新(延長)する」「予定雇用期間は平成(空欄)年(空欄)月(空欄)日までとする」との不動文字が印刷されているが,これらは,いずれも空欄の補充のないまま一条線によって抹消されている(もっとも,訂正印は押されていない。この抹消部分の成立の真正性は暫く措く。)。そして,平成7年9月26日付けの原告に対する採用通知書の控え(〈証拠略〉)にも,予定雇用期間として「平成7年9月26日~平成7年9月30日」との記載がある。

(〈証拠略〉,証人伊藤終始,原告本人)

(4) 平成7年9月30日,原告に対し,予定雇用期間満了により非常勤職員を免ずる旨が記載された辞令簿(〈証拠略〉)があり,同辞令簿の請印欄には原告の押印がある。

また,同年10月2日,原告に対し非常勤職員を命ずる旨が記載された辞令簿(〈証拠略〉)がある。同辞令簿の請印欄には原告の押印があり,時給を800円(数字は手書き),任期を1日(不動文字),予定雇用期間を平成8年3月30日(数字は手書き)までとする旨の,また,「ただし,予定雇用期間は自動更新しない」(不動文字)との記載があり,また,同辞令簿には,続けて,「ただし,予定雇用期間は自動更新(延長)する」「予定雇用期間は平成(空欄)年(空欄)月(空欄)日までとする」との不動文字が印刷されているが,これらは,いずれも空欄の補充のないまま一条線によって抹消されている(もっとも,訂正印は押されていない。この抹消部分の成立の真正性は暫く措く。)。そして,平成7年10月2日付けの原告に対する採用通知書の控え(〈証拠略〉)にも,予定雇用期間として「平成7年10月2日~平成8年3月30日」との記載がある。

(〈証拠略〉)

(5) 平成8年3月30日,原告に対し,予定雇用期間満了により非常勤職員を免ずる旨が記載された辞令簿(〈証拠略〉)があり,同辞令簿の請印欄には原告の押印がある。

また,同年4月1日,原告に対し非常勤職員を命ずる旨が記載された辞令簿(〈証拠略〉)がある。同辞令簿の請印欄には原告の押印があり,時給を800円(数字は手書き),任期を1日(不動文字),予定雇用期間を平成8年9月28日(数字は手書き)までとする旨の,また,「ただし,予定雇用期間は自動更新しない」との記載があり,また,同辞令簿には,続けて,「ただし,予定雇用期間は自動更新(延長)する」「予定雇用期間は平成(空欄)年(空欄)月(空欄)日までとする」との不動文字が印刷されているが,これらは,いずれも空欄の補充のないまま一条線によって抹消されている(もっとも,訂正印は押されていない。この抹消部分の成立の真正性は暫く措く。)。そして,平成8年4月1日付けの原告に対する採用通知書の控え(〈証拠略〉)にも,予定雇用期間として「平成8年4月1日~平成8年9月28日」との記載がある。

(〈証拠略〉)

(6) その後の経緯は,前記第二,一,2ないし7のとおりである。

なお,札幌西局において,第1集配課の非常勤職員の確保のため,募集用チラシを平成8年8月13日ころ配付する予定としたい旨の伺いがされ,同月7日起案に係る非常勤職員募集用チラシを作成するための色上質紙5000枚に係る施策経費実行伺書があり,同月12日これが決裁され,同月13日,これに係る物品購入等契約締結伺書が起案・決裁されていること(〈証拠略〉)に照らし,本件チラシが作成・配付されたのは,同月13日以降のころであると推認される。

伊藤課長は,平成8年8月23日,原告に対し,原告からの辞職申出があったことを前提として,その辞職申出を同月28日付けで承認する旨を告げ(〈証拠略〉),札幌西局長は,同日,原告の辞職承認処分を行い,その旨の告知をした(〈証拠略〉)。

そして,平成8年9月29日以降,原告を札幌西局外務非常勤職員として採用することを前提とする手続はされていない。

(三) 原告の職務内容等

〈証拠略〉,証人伊藤終始,原告本人及び弁論の全趣旨によれば,原告の職務内容等について,次の事実が認められる。

(1) 平成8年7月15日現在において,札幌西局は,総務課,郵便課,第1集配課,第2集配課,貯金課及び保険課の6課で構成され,郵便事業,郵便貯金事業及び簡易生命保険事業等を取り扱う集配普通郵便局であり,同局第1集配課は,札幌市西区中,琴似,発寒,八軒及び二十四軒の各地域全域を受け持ち,同区域における郵便物の取集め及び配達に関すること,郵便切手類及び郵便の利用上必要な物の販売並びに印紙の売りさばき等を行っていた。

第1集配課の定員の内訳は,課長1名,上席課長代理2名,課長代理6名,総務主任17名,一般職員45名の計71名であった。

(2) 札幌西局において,平成2年7月1日から「八軒団地配達区」,「発寒団地配達区」の2区画が,平成3年11月1日から「琴似団地配達区」がそれぞれ設置された。

琴似団地配達区は,琴似1条全域及び琴似2条7丁目に所在する一般住居,事業所等の配達箇所を受け持っていたが,この区域は,西区の中心街で,商店,マンション及び雑居ビル等が密集しており,郵便局から近距離にあり,また,区の住居表示が完全に実施されていた。

琴似団地配達区の非常勤職員は6名程度であり,原告の業務は,通配業務のうち,琴似団地配達区内宛ての郵便物の配達業務であった。

(四) 以上によれば,原告は,人事院規則8―14,同規則8―12第74条,任用規定3条等が適用される期間の定めのある非常勤職員として採用されたのであり,札幌西局における非常勤職員の任命権者である札幌西局長(郵政省職務規程7条2号)において,原告につき,平成7年9月26日採用時においては同月30日まで,同年10月2日の再採用時においては平成8年3月30日まで,同年4月1日の再々採用時においては同年9月28日までとの予定雇用期間をそれぞれ定めたと認められるところ,平成8年9月29日以降,原告を札幌西局外務非常勤職員として採用することを前提とする手続がされていないことからして,原告は,予定雇用期間である平成8年9月28日の経過をもって,当然に退職したと認めるべきである。そして,後記2のとおり,右のように採用が繰り返されたからといって,原告の地位が,期間の定めのないものになったと認めることもできない(なお,札幌西局長が,平成8年8月28日にした原告の辞職承認処分は,非常勤職員である原告との雇用関係が同日をもって終了することを宣明したものであり,原告がその前後において,その辞職の申出自体を争い,雇用関係の継続を主張していたのに対し,同局長においては,これを否定した上で右処分をして原告との雇用関係が確定的に終了したものと取り扱い,さらに,原告の予定雇用期間満了後には任期の更新や再採用に関する措置を全く講じなかったことに照らすと,右処分の告知に当たり,1か月後に到来する原告の予定雇用期間の満了に当たってはもとより原告との雇用関係を継続しないこと,すなわち,原告を再雇用しない旨を通知する趣旨が当然に包含されていたものないしはこれを通知したと同視すべきものと解される。そして,同局長がその後右処分を取り消すに当たり,右予定雇用期間の満了により原告が当然に退職した旨の告知をしていることに照らすと,右処分の取消しには,右通知部分を撤回する趣旨を含むものではないと解される。)。

この点,札幌西局において作成された本件チラシには,「長期雇用」とか,「年次有給休暇」といった文言が記載されているが,そもそも本件チラシが作成されたのは原告採用後のことであり,これをもって直ちに原告採用時における札幌西局の説明内容を示すものとはいえないし,そこでいう「長期雇用」の前提とする期間については必ずしも明らかではなく,予定雇用期間内の雇用及び再採用の予定を念頭に置くものと解することもできないわけではないし,「年次有給休暇」という記載についても,日々雇い入れられる者に対して年次有給休暇を与えることができる場合があるとの行政解釈があること(〈証拠略〉,弁論の全趣旨)からして,本件チラシは,原告が,期間の定めのある非常勤職員であるとの判断を左右するものではない。

これに対し,原告は,採用時ないしその後の辞令簿の押印の際において,雇用期間について何らの説明も受けず,また,前記のように辞令簿中の一条線による抹消は押印時にはなかったと供述し,これに沿う他の職員の陳述書(〈証拠略〉)もあるが,他方,〈1〉原告のような非常勤職員においては,事務取扱要領に基づく手続の一環として,雇用関係に関する最も基本となる書類である辞令簿への押印や採用通知書の交付等が行われるべきものと定められており,札幌西局において,事務取扱要領に反して,非常勤職員による辞令簿への押印の際,すべての場合において任期や予定雇用期間を全く記載していなかったり,採用通知書をおよそ交付しなかったりしていたなどと考えることは困難であること,〈2〉現に,辞令簿に予定雇用期間が記載され,採用通知書の交付がされるなど,札幌西局において,事務取扱要領に従った手続がされていたとする他の職員の陳述書(〈証拠略〉)があること等に照らすと,採用時ないしその後の辞令簿の押印の際に雇用期間について何らの説明も受けなかったという原告の右供述は,たやすく採用し難い。ところで,辞令簿(〈証拠略〉)中の一条線による抹消部分につき,これが原告の供述するようにその押印時には抹消前の状態であったとすると,予定雇用期間経過後に雇用期間が自動更新ないし延長されるとの規定と,自動更新ないし延長されないとの規定とが辞令簿上併存することとなるから,法的に矛盾する無意味な記載となり,結局,予定雇用期間の更新ないし延長の定めがあるとはいえないこととなる。そうすると,右一条線による抹消部分が原告の押印時にあったかどうかにかかわりなく,原告については予定雇用期間の満了により当然に退職することとされていたものであり,現に,右雇用期間満了後には,その延長又は更新ではなく,再採用されていたことは前記認定のとおりである。したがって,右一条線による抹消部分が真正に成立したかどうかの判断は,原告の予定雇用期間の更新ないし延長に関する判断を左右しないものというべきである。

また,原告は,当時雇用期間に強い関心を持っていたから,辞令簿上等で雇用期間が限定されていればこれに気がついて尋ねたりしたはずであると供述するが,前記のとおり,原告の作成,押印に係る文書には,いずれも不動文字で「任期を1日とする。」「予定雇用期間」等という明らかに期間を限定した雇用であることを明示した記載が必ず存在し,免職辞令に原告も押印していたのであるから,原告がその更新ないし再採用による継続的雇用を期待していたことは格別として,その雇用期間に限定があることが明示されていたことは明らかというべきであって,右供述は採用することができない。

さらに,原告は,その職務内容が常勤職員と実質的に異ならないことをもって,期間の定めがない雇用であると解すべきである旨主張し,原告が従事していた団地配達においても量的・質的に困難性があり,実質的に常勤職員に比して遜色がない旨の供述をするが,そうであるとしても,非常勤職員として採用された(このこと自体は原告も争わない。)原告の雇用契約上の地位が,直ちに常勤職員のそれに転化し,同一に取り扱われるべきであるなどと解することはできない(原告は琴似団地配達区の配達業務を行っていたところ,そもそも,札幌西局において琴似団地配達区を設置した趣旨は,同区域内の配達業務が比較的容易であると認められたことによるものである。)から,原告の右主張は採用することができない。

2  解雇に関する法理の適用について

原告は,仮に原告の地位が期間の定めのあるものであるとしても,重大な職務不適格や非行事実等の特段の事情のない限り,任用は更新されるのが原則であると解すべきであり,そのような特段の事情が認められない以上,一方的に解雇(雇止め)することは,権利の濫用であって許されないと主張する。

しかしながら,〈1〉民間の臨時工の雇止めの効力の判断に当たって,解雇に関する法理の類推適用を認めるべきであるとした最高裁判所昭和49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁は,当該事案における当事者の合理的意思解釈によって右のような結論を導いているところ,当事者双方の合理的意思解釈によってその内容を定めることが予定されていない行政処分(公務員の任用)について,右のような考え方を直ちに当てはめることは無理困難であるし,〈2〉期間の定めのある任用と期間の定めのない任用とは別個の任用行為と考えられており(人事院規則8―12第75条3号の2),期間の定めのない任用行為がない限り,期間の定めのない任用関係が成立するとは解されないこと,〈3〉人事院規則8―12第74条1項3号は,日々雇用職員については,任期が満了したときに当然退職すると定めていること等に照らし,期間の定めのある任用が繰り返されたからといって,これが期間の定めのない任用に転化するとか,任用予定期間満了後の任用の拒否について,解雇に関する法理が類推適用されると解する余地はないというべきである。

したがって,原告の右主張には理由がない。

3  原告主張に係る「本件の背景事情」について

原告は,原告が札幌西局に採用されたのは,Aと一定の個人的関係にあった伊藤課長が,周囲から嫌悪され孤立しているAの状況を改善しようと意図したことによるものであり,原告がその意図に反する態度を示したことから,原告が職場から排除された旨主張する。

しかしながら,期間の定めのある任用がされた非常勤職員たる郵政職員の任用予定期間満了後の任用の拒否について,解雇に関する法理が類推適用されると解する余地がなく(逆にいえば,任用予定期間満了後,再採用しないことにつき,必ずしも正当な理由がなければならないものではない。),平成8年9月29日以降,原告が札幌西局外務非常勤職員たる地位を有しているとは認められないことはこれまで説示したとおりであり,原告が主張する右「本件の背景事情」の有無は,右判断を左右するものではない。

4  以上のとおり,原告は,平成8年9月29日以降,札幌西局外務非常勤職員たる地位を有するとは認められないから,原告の主位的請求には理由がない。

二  争点2(一)(被告は,原告に対し,長期雇用に係る期待権を侵害したことによる国家賠償責任を負うか)について

1  原告が,任期を1日として雇用され,平成8年9月28日に予定雇用期間が満了したことによって退職したことは右のとおりであり,原告が,予定雇用期間の満了後に再び任用される権利若しくは任用を要求する権利又は任用されることを期待する法的権利を有するものと認めることはできないから,札幌西局長が原告を再び任用しなかったとしても,その権利ないし法的利益が侵害されたと解する余地はない。

もっとも,任命権者が,日々雇用される非常勤職員に対して,予定雇用期間満了後も再採用することを確約ないし保障するなど,右期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別な事情がある場合には,右職員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき,国家賠償法に基づく賠償を認める余地があり得る(最高裁判所平成6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号819頁,判例時報1519号118頁)。

2  そこで,本件において,右「特別な事情」があるかにつき検討するに,この点につき,原告は,〈1〉札幌西局長が,原告を採用するに当たり,その採用期間が相当長期間にわたるものであり,かつ,配達地域の実情に習熟していることが必要なことから可能な限り辞めてほしくない旨説明していたこと,〈2〉原告の任用が長期の勤務を前提とすることは,本件チラシからも推認されること,〈3〉原告が,採用後,新たに求人応募や試験等の手続を踏むことなく,また,雇用が1日も中断されることなく,自動的に採用が継続されてきたことを主張する。

しかしながら,原告は,その採用時において,雇用期間につき特段の説明を受けていないことを自認しており(原告本人),右説明があったことを認め得る証拠もないから,右〈1〉の主張は,理由がない。

また,本件チラシについても,それが原告に対する採用時の説明内容を直ちに示すものとはいえず,その文言も,その前提とする雇用期間について判然とせず,結局,これをもって,再採用の確約ないし保障により,原告をして長期雇用の期待を抱かせたと推認すべきことにはならないし,原告の任免の経緯は前記のとおりであって,1日の中断もなく雇用されていたとはいえないから,右〈2〉及び〈3〉についても,理由がないといわざるを得ない。

3  したがって,本件においては,「札幌西局長が原告に対して,予定雇用期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別な事情」を認めることができないから,これを前提とする原告の慰謝料請求は,その余の点を検討するまでもなく理由がない。

三  争点2(二)(被告は,原告に対し,辞職を強要したり,審査請求を行うことを余儀なくさせたり,処分の取消しについての理由の説明や謝罪をしなかったこと等,本件に係る一切の経緯につき,国家賠償責任を負うか)について

1  原告は,原告が札幌西局長に対し,辞職の申出をしたことがないにもかかわらず,札幌西局長が辞職承認をするなどして辞職を強要したため,人事院に対し審査請求を行うことを余儀なくされ,その後,辞職承認処分は取り消されたものの,右取消しの理由につき説明も謝罪もされないまま,予定雇用期間満了を理由として再採用されず,このように雇用上の身分につき翻弄されたことにより,精神的苦痛を受けたと主張する。

2  前記のとおり,札幌西局長は,いったん原告に対する辞職承認処分をしながら,原告からの審査請求後に右辞職承認処分を取り消し,改めて,予定雇用期間満了をもって当然退職となった旨を通知している。

そして,右辞職承認処分の前提となる原告の辞職の意思表示につき,被告は,〈1〉平成8年6月14日正午ころ,原告が伊藤課長に対し,「辞める方向で考えている」旨記載された便せんの入った定型横型封筒1通を手渡し,〈2〉同年7月8日,原告が伊藤課長に対し,「いつ頃辞めたらよいか。」と質問してきたため,伊藤課長において,「新しい非常勤職員が決まったら。」と答え,〈3〉本件チラシを配付するなどして原告の後任者を募集し,これがみつかったことから,同年8月23日午前9時45分ころ,伊藤課長が原告に対し,「あなたから事前に言われていた辞職の日だけど,8月28日までとし,辞めてもらいます。」と述べたところ,原告が「ああ・・・。私,辞めるとは言ってません。最初は考えますと言っただけですが。」などと前言を翻した旨主張するのに対し,原告は,右〈1〉及び〈2〉の事実をいずれも否認し,原告が伊藤課長に渡した手紙には,Aは辞めさせるが,原告は残れるでしょうと言われたことについての感謝の意と,今後バイク通勤にした場合に交通費を出してもらえるかどうか,健康保険に加入させてもらえるかといった質問が記載されていただけであるなどと主張・供述する。

この点,乙31には,被告の右主張に沿う記載があり,特に乙14(伊藤課長作成の対話シート)には,被告の右主張のうち〈2〉に沿う記載があり,また,証人伊藤終始は,右被告の主張に沿う証言をするとともに,原告から受け取った「辞める方向で考えている。」旨記載された手紙はシュレッダーで裁断した旨供述する。

伊藤課長が原告から受け取った手紙に,原告の辞職の意思表示という重要な内容が記載されていたとすれば,上司である伊藤課長において,直ちにこれを裁断したことはいかにも不自然であって,その供述及びその作成に係る対話シート(乙14)の記載をそのまま採用することは躊躇される(証人伊藤終始が証言するとおり,当該手紙において,伊藤課長にとって公にし難い事柄が記載されていたわけではないのであれば,なおさらである。)。

しかしながら,被告の右主張の〈3〉については,同席していた上席課長代理がこの間のやり取りを確認したとの内部文書(〈証拠略〉)があり,これによれば,原告が,伊藤課長に対して当初辞職を考えている意向を示したことが看取されるのであり,本件全証拠によるも,伊藤課長ないし札幌西局職員において,原告が何ら辞職の意向をうかがわせる態度を採らなかったにもかかわらず,あえて,平成8年9月28日には予定雇用期間が満了することとなる原告について,その辞職の意向をねつ造し,かつ,本件チラシを作成してまで,右予定雇用期間満了前に原告の後任者を募集したことを認めるべき事情はない(原告主張の前記「本件の背景事情」は,仮にその全部又は一部が真実であったとしても,右のように認めるに足りる事情とはいい難い。)。

また,原告に対する右辞職承認処分は取り消され,平成8年9月28日までの間の給与は支払われたこと(〈証拠略〉,弁論の全趣旨)により,右処分による直接の被害は回復されていると評価することができる。

3  以上によれば,札幌西局長の原告に対する辞職承認処分は,結果的に原告の辞職の意思(ないしその撤回の有無)を十分確認しなかったと評さざるを得ない点で適切さを欠くものであったといい得るものの,処分から3か月余りでこれが取り消され,これによる直接の被害が回復されているという事情もある。そこで,こうした本件の一切の経過を総合してみると,札幌西局長ないし札幌西局職員が,原告に対して辞職願に署名押印を求めたこと,原告に対する辞職承認処分を行ったために原告が審査請求を余儀なくされたこと,その後その処分の取消しについて理由の説明や謝罪をしなかったこと等という原告主張の事実があったにせよ,それが,被告に対して損害賠償義務を課さなければならないほどの違法性があると認めるには足りないというべきである。

したがって,前記1の主張を前提とする原告の慰謝料請求もまた,その余の点を検討するまでもなく理由がない。

第四結論

よって,原告の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 本田晃 裁判官 中里敦)

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